【天皇陛下「生前退位」の意向表明で思うこと】

終戦の日の15日、天皇皇后両陛下も出席されて、戦没者追悼式が行われました。式典では、両陛下の退出時に「天皇陛下万歳」の声が起こりました。

私は、かつてNHKの記者時代に皇室を担当し、式典を何度も見てきましたが、追悼の場でこのようなことが起きるのは初めてでした。それだけ、国民にとって、陛下の「生前退位」の意向表明は大きなできごとになっているのだと思います。

今回は、「生前退位」について、元担当記者の視点からお話したいと思います。

【完璧なスクープ】

まず、今回のニュースは、先月(7月)13日の午後7時前、NHKのニュース速報で発信されました。その後、「ニュース7」で全面展開されていったわけですが、満を持したスクープだったと言えます。

皇室取材というのはなかなか難しく、宮内庁当局からは簡単には情報を取れません。そのうえ、国内外にとてつもない反響があると予想されるので、絶対に誤報も出せません。そうしたことを一つ一つクリアしながら、スクープにつなげたのはさすがだと言えます。

一方、NHK以外のメディア各社は慌てたと思います。こんな大きな話の情報は、もちろん簡単には取れないのですが、一刻も早く追いかけて記事を出さないといけない。でも、宮内庁はニュースの内容自体を否定する(宮内庁はいつもそうなんです)。NHKはどんどんニュースを展開していく・・。各社の慌てぶりが目に浮かぶようでした。

その後、各社のネットニュースを見ると、「NHKによると・・・」といった内容で記事を出しているところもありました。これは、自社で情報の裏取りができなかった証拠で、これ以上ない屈辱だったと思います。それだけ、今回のスクープはすごかったということです。

【陛下の思いは】

さて、こうした形で表に出た天皇陛下の「生前退位」の意向。今月8日には、陛下みずから、お気持ちを表明されました。私は、この時間だけは仕事の手を休め、テレビを食い入るように見ましたが、いろいろ考えさせられました。

まず、陛下が、直接、国民に語りかけられるという事態に複雑な思いになりました。
報道によると、陛下は、数年前から「生前退位」の意向を示されていたと言います。それならば、宮内庁幹部などの周囲が、その思いを忖度(そんたく)して、事前に動くことができなかったのかと思いました。こんなに重いテーマは、陛下自身がお気持ちを表明しないと簡単には動けないのが実情だとは思いますが・・。

次いで感じたことは、退位という直接的な言葉が出てこないにしても、その思いが強く伝わってくる内容だったことでした。
特に、「次第に進む身体の衰えを考慮するとき、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」という言葉は心に響きました。誰にも言えない“象徴天皇の重さ”というものを、初めて知らされた気がしました。

さらに、「天皇の終焉に当たっては重いもがりの行事が連日続き…」という言葉も印象的でした。今から30年近く前、昭和天皇が病気で亡くなった際、日本中が「自粛ムード」に包まれたことはよく覚えています。何となく暗かったというイメージもあり、そうしたことを避けたいというのも、国民のことをよく考えられていると思いました。

文章を改めて読むと、陛下は、「政治的発言ではないか」という指摘が出るのも承知で話されたと思います。それだけ強い覚悟を持たれていると思いました。

【多くの課題もあるが】

さて、今回のお気持ち表明を受けて、今後は政府の対応が焦点になってきますが、実際に「生前退位」を行うとなると、難しいことがいっぱいあるのは確かです。

まず、陛下のお気持ちを受ける形で、国会が、▽皇室に関する基本法「皇室典範(こうしつてんぱん)」を改正する、または▽新たな特別法を制定するとなれば、「天皇は国政に関する権能を有しない」(第4条)と規定する憲法に違反すると指摘されるおそれがあることです。

さらに、▽退位を認める基準をどうするかや、▽退位までの手続き、それに▽退位後の呼称など、これまでの近代天皇制にはなかった数多くのことを決めていかなくてはいけないので、本当に決められるのか想像もつきません。仮に決めるとしても、1年や2年でできるような簡単な話ではないと思います。

それでも、陛下のお気持ちを受けて、国民皆が感じた思いが出発点になればと思っています。世論調査では、実に8割のひとが「生前退位を認めるべきだ」と答えています。その思いがあれば、「生前退位」は実現可能ではないかと思います。

【政治の役割は】

今回の「生前退位」だけではなく、皇室を巡っては、ほかにもさまざまな課題があります。

例えば、▽女性・女系天皇の容認や、▽女性宮家の創設があります。
今の皇室制度では、皇位継承は「男系男子」に限られていますが、男性皇族で子どもの世代は、秋篠宮ご夫妻のお子さまの悠仁(ひさひと)さま(9歳)1人しかいません。
また、女性皇族は、結婚すると皇室から離れることになるので、10年後には、皇族の減少が重大な課題になるのは明らかなのですが、議論は棚上げされたままになっているのです。

私が、かつて皇室記者として取材をしていたときに感じたことは、政治は皇室に無関心なように思えることでした。皇室制度の議論は、賛否が大きく分かれ、国論を二分しかねないため、先送りされ続けてきたのが実情なのです。
昔は、中曽根元首相や、竹下元首相など、皇室のことを真剣に考える政治家が多かったと言われますが、今は、そうした政治家が少なくなっていることはとても残念だと思います。

今後は、政治の役割がとてつもなく大きくなります。「生前退位」の議論をしっかりと行っていかなければいけません。私も、微力ではありますが、かつて皇室取材を担当してきたという経験を生かしていきたいと思っています。